レポートを媒体とした協働的リフレクション(小学校教員)

先日、上條先生と共に「レポートを媒体とした協働的リフレクション」を行なったのですが、レポートを読みながらビビッとくる部分や心に引っかかる部分について振り返ることで、自分の大切にしたいことや、無意識的にこだわっていることについての気付きが促されました。とても面白いリフレクションだったので紹介させてください。

***手順***********

0、数名が輪になって座る。(レポート発表者1名、ファシリテーター1名、聞き手残りの数名)

1、1人がレポートを音読する。(教育や働き方などに関する内容のレポート)

2、周りの聞き手は、レポートの内容を聞きながら、ビビッと来たところを箇条書きにする。

3、箇条書きの中から、一番のものを選ぶ。

4、聞き手は一人ずつ1番ビビッと来た部分について話す。

5、ファシリテーターを中心に質問のやり取りをしながら深掘りする。

★なぜビビッと来たのかは、なかなか言語化できないが、やり取りをするうちに、自分の過去の経験や自分のこだわりに気付き、本質的な部分の輪郭が見えてくる。

6、聞き手の中で同じ部分にビビッと来た人がいた場合には、ビビッときたポイントの違いを比較する。自分のこだわりの輪郭がよりはっきりしてくる。

(4~6を繰り返す)

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私が書いた「教育現場での後輩育成のレポート」(※はじめての がくねんしゅにん part3参照)を読み、協働的リフレクションを行なった。参加者は6名(上條先生、小学校教諭2名、中学校教諭1名、理学療法士2名)

まず、私がレポートを音読する。

音読を終え、聞き手はビビッと来た部分を列挙し、一番のものを決める。

一番のものについて、語り合い、聞き合う。

聞き手の理学療法士が、レポートの中の「先輩が後輩に熱く語る場面」にビビッと来た、と言う。しかし、なんとなく「好き」な場面であるが、なぜそう思ったかは本人もうまく説明できない。

他の聞き手(教員)も同じ場面にビビッと来ていた。

「先輩が熱く教育観を語る場面、ビビッときました。先輩から自分への直接の指導って、自分に矢が向いているから落ち着いて聞けないんです。でもこのレポートの場面だと、先輩の熱い教育観を客観的に聞けるじゃないですか。だから、この場面、いいなあって、僕は思いました」

しかし、理学療法士の彼はビビッと来た理由が違うようだ。

でもやはりうまく説明できない。

彼はしばらく、ぐるぐる考えていて、休憩を挟んだ後に、ふと思い出したように語りだした。

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語りだしたのは、なんと7年も前の働き始めたばかりのエピソードであった。

当時の彼は人と当たり障りなく関わるのが、最善の策であると考えていた。人と衝突するくらいなら、本音を隠して、あまり人と深く関わらないようにしていた。学生時代のバイトも人との関わりが少ない飲食店のキッチンの仕事を選んでしていた。彼は大学を卒業し、理学療法士の仕事を始めたが、やりがいが持てず、辞めたいとすら思っていた。

そんな彼が入社一年目のあるときに先輩に呼び出され、働き方についての指導を受けた。彼は先輩から「対人の仕事の大切さ」について熱く、本音で語り掛けられた。その感情的で人間味のある話し方に、彼の心は大きく動かされた。

このエピソードが彼のターニングポイントになり、人と向き合って関わることを大切にするようになった。できるだけ自分を開示して、患者とも進んで雑談をし、人間味のある関わり方をする努力をした。治療の上でも相手の思いや性格を汲んだ対応ができるようになった。しだいに理学療法士の仕事も楽しめるようになった。

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教師の書いたレポートを媒体とし、協働的リフレクションを行なうことで、理学療法士が自分の過去のターニングポイントに気付いた。

「授業観察」、「レポート」、「映像」・・・何かしらの媒体を通して、自分がビビッとくるところや、なぜか心に引っかかる部分について、他者と相違点などについてやり取りすることで、自分が無意識的に大切にしている本質的なものに気付かされるのだと感じた。その本質的な部分を大切にしながら日々生きていくことで、よりシンプルに、より自分らしく生きていけるのではないかと思った。