ぼくをつくる2つのリフレクション(小学校教員)

ああ。今日はこんな日だったなあ。明日はあんなことしてみようかなあ。

そう思う時は大体、1人で何かをしている時。

シャワーを浴びてる時。バイクに乗ってる時。そうじをしている時。本を読んでいる時。バス停から職場に向かって歩いている時。携帯をいじっている時。

ぼくをつくるリフレクションの1つに『ながらリフレクション』がある。

『ながらリフレクション』は文字通り、何かをしながらリフレクションをすることである。どちらかと言うと「ながら」にはマイナスのイメージがある。煙草を吸いながら歩く。食べながら喋る。携帯を見ながら運転する。しかし、ぼくにとって「ながら」は自分を見つめ直す貴重な時間である。自分のこれまでを振り返り、これからをワクワクさせる時間だ。リフレクションをしよう!と意気込まない緩さがとても心地よく、それが自然と内省を生む。

それに対するのは『対話によるリフレクション』だ。仲間と語り合う中で、自分自身にリフレクションをかけていく。1人で行う『ながらリフレクション』と違うのは、語り合う中で、自分の知らない自分に出会えるというところだ。

「ぼくってそんなこと考えていたんだ…。」

もう1人のぼくを見ることができた時に、リフレクションの深まりを感じることができる。

そして『対話によるリフレクション』したことを、1人で『ながらリフレクション』していく。このサイクルがぼくのリズムだ。

どっちが大切なの?と聞かれたらこう答える。

「どっちも大切です。」

無意識を意識化していく『ながら』と、意識化したものを言語化する『対話』。互いに交錯する中で深まるのではないかと思っている。

これが今のぼくをつくる2つのリフレクション。