リフレクションをリフレクション(川崎愛加 中学校教員)

はじめまして。中学校教員の川崎と申します。
昨年出産し、この3月までの育児休暇中、上條先生の講義に社会人聴講生として半期間出席させていただきました。
恥ずかしながら、リフレクションについて全く不勉強だったのですが、講義を通してリフレクションに触れ、非常に大きな学びの経験をさせていただきました。
講義では、毎回様々な国語教材が扱われているので、自分の書くリフレクションも多様なものになっているだろうと思っていました。しかし、半期の最後に書きためてきたリフレクションを振り返ってみると、意外につながりのあることに気付きました。
キーワードは、『遊び』と『雑談(気のおけない対話)』。
『遊び』があると笑いが生まれる。ほめ合う空気が生まれる。相手のこだわりポイントに気付ける。こうしてみよう、という声が出る。一体感が出る。目標イメージが共有できる。
『雑談(気のおけない対話)』 で親近感を持てる。人を知ることができる。信頼感につながる。自分一人より考えが広がる。自分も話しながら考えを組み立てられる。
こうしてまとめてみると、
うーん、つまりこれは『余裕』のことかな?
授業に、生徒に、周囲の先生に。仕事と家庭に、自分の教師観に。『余裕』を持ちたい。
お手本通りや正解を求める授業から、自分たちが良いと思うものを見つけたり掘り下げたりする授業へ、変えたい、変わりたい。
群読、スピーチ、ニュースキャスターゲーム、いろんな教材に触れたはずなのに、リフレクションではだいたい上記に関連する内容で書いていました。
これは、私の現在の興味関心もあるだろうし、上條先生の授業の特徴を私が掴もうとしている、なんとか吸収しようとしている、と見ることもできます。
同じようなことしか書けない、というふうに見れば、やはり一人の力、一人の視点には限界があるから、だからこそ協働して考え、視野を広げることが大切だ、とも言えるでしょう。
でも一方では、
自分が『いろいろあるうちの1つを選ぶ』とき、ここ最近はいつもこうしたテーマから選ぶ、ということは、少なくとも現在の自分の変化ポイント、成長ポイントはこの辺りにあるんじゃないかと、検討をつけることはできそうです。
『成長』は、スイッチを入れればいきなりできるようになる、わけではなく、らせん階段のように、行きつ戻りつしているようで結果的に上に上がっているものだと聞いたことがあります。
リフレクションも、同じようなことを書いていても、実は少しずつ深まっていた、ということもあるのではないでしょうか?
そして、自分の変化ポイント、成長ポイントを見極めるのに使うこともできるのかな、と感じました。