占いリフレクション(子ども英会話教室講師)

夜な夜な、希望者に酒を飲みながら最近はzoomで占いをしている。

子どもの頃からの趣味で、もう30年以上にもなる。

占いといっても気持ち悪がらないでほしい。

単なる、ツール!!

本来なら、対面で行うものなのだが、10年くらい前から遠方からの友人に需要があって、電話で行っていた。

zoomを使えるようになり、まるで対面しているかのように大きな画面で思い存分カードを混ぜられるようになった。

相手からはあまり詳しく相談内容は聞かない。ただ、漠然と尋ねられれば、漠然とした答えになることだけは告げる。

相手は相談内容とともに、怒りや悲しみ、迷い、困惑、あらゆる感情とざっくりした状況をぽつぽつと話しだす。

仕事、と一口に言っても、それは実は個人への不満や思い、願いだったりする。恋愛運といってもまた、出会いだけでなく「巡り合えない自分」についての思い、など。

聞きながら、まずは自分の感情が最初に浮かびあがってくる。が、それは絶対に表さないようにして淡々と進めるよう意識を集中する。

カードが開き、それぞれの持つ意味をストーリーにして、話していく。

現在はこういう状況ではありませんか?と尋ねる時が一番ドキドキし、あまり多くを語らずに結果を求める相手の時には予想もしないカードが出ていたりすると「本当にそうなのかな」と半信半疑で確認。

大体の相手が「どうしてわかるの?」「そうそう!すごい!」など、話していないのに、言い当てられた気分を教えてくれる。そして、最後に結論を告げる時。

それはこのまま進んだ場合その人に、3か月後訪れる未来の姿。

私自身の感情や意見とは別の答えがでることもある。

そんな時はまるで自分とは別の人格のように、そのまま占いの結果通りのことを話す。すると、個人の感情として思っていたこととは別に、新たに「そういうこともあるのか」「それは確かに…可能性としてはあるな」など、自分で話しながら自分の言葉に驚く。そしてなぜ、はじめに自分はその結論を思い描いたのだろう、ということを思い起こす時、過去の経験則だったり、その人への先入観だったことに気づいていく。

占い結果を告げる口だけがぺらぺらと動きながら、思い込みや勝手な決めつけで相談に乗ろうとしていたことを感じる。それはあらゆる場面で行ってしまっているのではないか?

自分で自分の言葉に、答えに。

はっとする、という思いを最近繰り返している。